犯罪収益の没収
※掲載内容は執筆当時のものです。
犯罪組織の資金源を断つためには
研究の概要
私は、犯罪によって得られた不正な利益である犯罪収益を、犯罪組織からいかに取り上げるかという犯罪収益規制の問題を研究しています。お金につながる犯罪と聞くと、特殊詐欺などの財産犯を挙げることができるでしょう。例えば、2024年では、振り込め詐欺、還付金詐欺といった特殊詐欺のほか、SNSを介した投資詐欺、ロマンス詐欺など含めた詐欺の被害総額は2,000億円以上に達し、1件当たりの被害額も1,000万円を超えるなど高額化しています。それ以外にも、近年、例えば薬物犯罪では、覚醒剤などが100億円以上で取引されるなど、違法な薬物の取引によって莫大な収益が生じており、経済犯罪では、インサイダー取引などの証券に関する犯罪で、億単位の不正取引が行われている実態があります。
このような犯罪によって獲得される莫大な収益については、単純に犯行の動機となるだけでなく、獲得した収益の一部が新たな犯行の資金として再投資される実態が指摘されています。つまり、組織による犯罪や経済犯罪に対抗するためには、犯罪に関与した人物を逮捕?処罰するだけでなく、生じた犯罪収益を取り上げることで、資金面から犯罪組織の基盤を崩すことが重要になってくるのです。
研究の特色
私は、犯罪収益を規制する制度の一つである、刑法における没収を研究しています。この没収については、近年、その位置づけについて法制度上の不備があると指摘されています。すなわち、現行法上、没収は犯人に対する有罪判決がなければ言い渡すことができない「刑罰」に位置づけられているがゆえに、犯人が不起訴処分あるいは無罪となったりすれば、その犯罪に付随した収益を没収することができないため、犯人に対する起訴?有罪判決を前提とした運用では、徹底的な収益の剥奪が実現できないという問題です。このような問題から、犯罪収益の没収を刑罰とは別の制度として理解する海外の刑事法制度が注目され、近年、学界においては、ドイツ?アメリカ?イギリスなどを対象とした没収の比較法研究が盛んとなっています。
もっとも、日本の没収を海外のような制度に改正すれば、それでよいというわけではありません。海外の法制度の安易な「輸入」は、日本の法制度の運用をかえって困難にする恐れや、他の法制度と衝突する恐れがあるため、できる限り国内法の理論と整合させる必要があります。そのためにはまず、日本における没収制度の内実を明らかにしなければなりませんから、私は、明治期まで遡って日本の刑法における没収がどのように理解され、発展していったのかを明らかにすることを研究の主たる目的としています。
研究の魅力
没収は学部の刑法の授業では基本的に取り扱われることのない地味なテーマですし、先行研究も、因果関係、違法性、責任などといった刑法のメジャーなテーマと比較しても少ないです。その分、手つかずの問題が山ほど残されており、自由な発想やアプローチが試せる問題領域でもあります。没収について刑事実務家の関心も高まっているため、研究領域として金脈だと考えています。
今後の展望
これまで犯罪収益の没収に関して説明してきましたが、犯罪によって犯人が取得するものは犯罪収益だけではありません。例えば、犯行の際に組織から支給された経費なども、犯罪によって犯人が取得した財産に含まれ得るのです。およそ収益とは言い難いような財産も犯人から没収して良いのかが問題となりますが、「何を没収すべきか」という問題は十分に検討されてきませんでした。今後は、これまで行ってきた研究を基礎に、それぞれの犯罪ごとに没収すべき財産を析出できる、没収の判断枠組みを提示したいと考えています。