研究の概要

私の専門は民俗学です。「民俗」とは一言で説明すると「世代を越えて伝承されてきた文化」。具体的には生業、年中行事、祭りや芸能、冠婚葬祭、口頭伝承、自然観など。地域の中で受け継がれた人々の生活の歴史でもあり、祖父母の世代、親の世代、そして我々の世代へと伝えられた「伝承性」が重要となってきます。 「歴史」は時代とともに政治、経済、社会がどのように変化したかを問う視点であり、「民俗」は今現在の我々が保有する文化(知恵?知識?技術)が、前の時代からいかに伝えられてきたか、そして将来、どのように継承されていくのかを問う視点といえます。詳細については拙著『愛媛の民俗―冠婚葬祭編―』(愛媛県文化振興財団、2024年)で解説していますので、ご興味のある方はご参照ください。

愛媛の地域文化の特徴を解説した
『愛媛の民俗―冠婚葬祭編―』

研究の特色

民俗学の中でも私は特に祭りと芸能について研究を深めるとともに、地域の特色を示す祭りと芸能については、文化財保護法に基づき国や自治体が「文化財」に指定する制度があり、その指定や保存、活用に向けた活動を進めています。

2025年には愛媛県宇和島市の「吉田祭のお練り行事」が県内3例目の国重要無形民俗文化財に指定されましたが、調査報告の取りまとめなど、宇和島市教育委員会や地域の保存団体のサポートに10年以上関わってきました。

その他にも愛媛をはじめとして、様々な地域の祭りと芸能について由来伝承、伝承組織、時代による変容状況などを調査するとともに、道具の修理や保存方法の相談、情報発信など、保存面、活用面での協力をしています。

宇和島市の「吉田祭のお練り行事」
(国重要無形民俗文化財)

また、もう一つの研究テーマが「災害伝承」です。過去に発生した大規模災害の記憶や記録が、後世にどのように継承されているのか、または忘却されているのか。2018年の西日本豪雨などの水害?土砂災害、そして将来発生が予測される南海トラフ地震?津波についても、過去の同種の地震?津波被害の調査、研究を進め、各地の防災まちづくりに活かす取組を継続しています。近年では四国内の災害史?災害伝承をまとめた「四国防災八十八話」の普及活動を通じて、民俗学の立場から、小中学生をはじめあらゆる世代が理解しやすい防災教育を行っています。

四国の過去の災害をまとめた「四国防災八十八話マップ」

研究の魅力

民俗学の調査はフィールドワークが基本になってきます。調査地を観察して「見る」、ご高齢の方などから受け継がれた民俗について「聞く」、そして「歩く」ことで地域の情報を蓄積し、加えて文献調査を行ったり、統計情報を分析することで、伝承状況、実態を把握したり、他地域との比較を行ったりすることにより、地域やその文化の特徴を明らかにします。

西予市野村町での災害伝承フィールドワーク

民俗学がよく対象とするのが農山漁村です。現在、人口減少が進み、様々な地域課題が顕在化していますが、過去から現在までの変容情報を得ることで、より現状や課題を深く認識することができ、その解決に向けた方向性も見出しやすくなります。

祭りと芸能でいえば各地で担い手不足が顕著になっています。どのように担い手を確保するのか。中断していく祭りと芸能をいかに記録?保存していくのか。まずは現地に立って、地元の方々とコミュニケーションをとりながら、調査、そして課題を共に考え、解決への取組を進めていく。民俗学の魅力はさまざまな人とつながり、地域の過去?現在?未来をつないでいくことができる点にあると思っています。

今後の展望

伝統的な農山漁村の生活文化は変容し、民俗学の調査対象も衰退、消滅していると見る向きもありますが、「民俗」は衰退、消滅するだけではなく、変容の上で新たな意味づけをされ、地域を結集する文化遺産となって継承されている事例も多く見られます。

西日本豪雨被災地の西予市野村町で
災害伝承を基にした防災まち歩き

少子高齢化や過疎化、西日本豪雨や将来発生が想定される南海トラフ地震、新型コロナウィルス感染拡大などで地域が危機に陥ったり、ネット社会の進展、人々の価値観の多様化など変化の激しい時代だからこそ、過去と現在、未来を客観視する時間軸、地域の内と外を認識する空間軸で物事を考察する民俗学は、古き良きものを残す視点だけではなく、継承されてきた地域の文化資源を活かして、いかにこれからの社会を創造、創発、構築していくのかを考えていく上で重要になってくると確信していいます。

この研究を志望する方へのメッセージ

地域の文化を受け継ぎ、次世代に向けて新たな地域を構築だけではなく、個人(人間)の存在を考え、地域の中で「生きる意味」を模索していく上でも、過去から継承された「民俗」は大きなヒントを与えてくれます。民俗学をはじめとする人文学分野は研究成果を還元するという視点に加えて、地域文化の持続可能性や人間の生き方の構築に対して「学問」と「社会」が双方向的に大きく関わっていく視点も今後ますます大切になってきます。地域に出向いて地域を考える。そして自己をも見つめ直す機会になる。民俗学を通じて地域に向き合いたいと考えている方はぜひ、お声がけください。